淡路島の雇用創出を図るプロジェクト〈淡路はたらくカタチ研究島〉。厚生労働省の委託事業として、2011年から事業がスタートし、2013年からは、より実践的な取り組みが行われている。島の豊かな地域資源を生かした家業・生業の起業や、島内観光ツアーや商品開発をサポートするプロジェクトで、起業に興味を持つ人、島内への移住を希望する人に、“働く”こと、“仕事をつくる”ことをあらためて考えるきっかけを与えている。島外からスーパーバイザーやアドバイザー、デザイナーを招き、島という閉鎖的なイメージになりがちな立地を、オープンにしたことも評価され、いまや、地方での仕事づくりや働き方のロールモデルとなっている。
この事業のひとつ「淡路島ならではの付加価値商品開発」は、商品の企画開発からパッケージデザイン、試験販売までをワンストップで行い、全国向けの販路開拓も積極的に行っている。こうした開発のノウハウは島内の事業希望者に対して広く公開され、地域に還元されているのも特徴だ。昨年、コロカルでもその開発の様子をお伝えしたが、今年も新たに4商品が開発され、11月24日(火)より渋谷ヒカリエで商品発表会を行うということで、昨年に引き続き商品開発の舞台となった淡路島を訪れた。
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実践支援員のみなさん。左から竹下加奈子さん、藤澤晶子さん、大村明子さん、加藤賢一さん。
商品開発には12件の応募があり、平成27年度は4件が採択された。
・建材としての新しい瓦製品・淡路島の花をとじこめた石けん・淡路島産デュラム小麦の小麦粉・島の自然素材で作った日用道具
この4件の開発の現場を知るために、淡路島中を巡った。
淡路島は瓦の三大産地のひとつとして知られている。特に、南あわじ市の津井は、約80社が集まる淡路島を代表する産地だ。淡路瓦の特徴は、焼き上がりのあとに燻す工程があること。燻すことで、表面は強く、耐久性を増し、“いぶし銀”の由来の通りの鈍くて渋みのある銀色を帯びる。いまだに島内の住宅の多くに使われているが、家のデザインが西洋様式になってきたこと、屋根材の種類が豊富になってきて、淡路瓦以外の選択肢を選ぶ人が増えたことに、関係者は危機感をもっていた。
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瓦の窯元である〈株式会社タツミ〉の興津祐扶(ゆうすけ)さんもそのひとり。「一般の人に使ってもらう機会が少なくなってきているので、“瓦といえば昔ながらのもの”というイメージを払拭したいと思いました。それに、タツミ一社だけではなく淡路の地場産業として、淡路瓦の業界全体が上向きになってくれればと思い、企画書を出しました」その企画が、「淡路瓦の建材としての利用」。香川県高松市の仏生山温泉などで活躍する建築家岡 昇平さんと家具のデザインを手がけるアンチポエムの松村亮平さんのふたりで〈こんぶ製作所〉というユニット名でデザイナーとして開発に携わった。
「水を弾く、表面がかたいという利点からも、エクステリアや床材としての利用も検討したのですが、やはり屋根であってこその淡路瓦だろう、と。しかし用途が屋根だけだと需要が少ないのも事実。そこで、ひとつのパターンの瓦で、壁材としても、屋根材としても使えるような、現代の感性に合った新しい和瓦をつくろうということになったのです」と話すのは、実践支援員の竹下加奈子さん。
岡さん、松村さんの提案は「現代の建築に合うシンプル・モダンなデザインの瓦」。湾曲しているのが定番の瓦を“あえてフラットに”というのは岡さんの発案だった。さらに、薄いほうがモダンに見える、と瓦の薄さにもこだわった岡さん。途中で割れるリスクもあり、薄く焼くのは熟練の職人でも難しかったと興津さんも開発当初を振り返るが、「それでも企画や方向性を決めるのが一番難しくて、試作は少なくて済みました」と言うから、淡路島で育まれる確かな技術力があってのことだったのだろう。
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淡路島の瓦産業はパーツごとに製造する完全分業制で、タツミは、鬼瓦とのし瓦を専門につくっているが、門や塀に使う小瓦だけ、軒の部分の瓦だけという工場(こうば)もある。一棟の家の屋根を葺くのに、複数社のメーカーが関わる。そのため“競合”というより“協業”の意識があり、強い連帯感を持つ。それぞれのメーカーで製造しているものが違うので、不公平が出ないよう、「特別な金型が必要でなく、どのメーカーでも製造できる瓦をつくる」ということもクリアしなければならなかった。
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こうしてできた瓦は、大きさいろいろ、厚みも選べて、幅も3種類用意した。さらに、岡さんのリクエストにより、はけ土と呼ばれる上塗りの土を塗らないようにしたことで、経年変化しやすいうえに、色の焼きムラが出る。昔は均一に焼くのがいい職人の仕事とされてきたが、「この一枚一枚のムラが並べたときにかえっていい表情になる」のだと、興津さんは言う。模様は〈つるつる(フラット)〉と縦方向に無数の線が入った〈しましま(スクラッチ)〉。それぞれ1種類だけを使ってもいいし、ミックスしてもスクラッチがほどよいアクセントとなってかっこいい。何より、ランダムに並んだ瓦は陰影が美しい。見る角度によって、銀色の濃さ、薄さ、スクラッチの強弱も異なり、それも家の個性となる。そんな自由な使い道が新しい瓦は、〈まちまち瓦〉と名づけられた。
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屋根だけでなく、壁でも使える瓦。きめ細かないぶし銀が美しい。
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器をつくるかのような瓦の制作風景。瓦の土もすべて淡路島で採れる。
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実践支援員の竹下加奈子さんと、提案者の興津祐扶さん。
昨年度、淡路島の花々の香りを閉じ込めたエッセンシャルオイル〈Suu(スウ)〉を開発したように、淡路島と言えば“花”というイメージは強い。特に、淡路島は県下一の花の産地で、大事な地域の産業となっている。その淡路市でカレンデュラ(マリーゴールド)を栽培している花農家の廣田さんは、はたらくカタチ研究島の研修で観賞用以外にもハーブとしての用途を知り、無農薬栽培に一部切り替えた。五色ふるさと振興公社による「菜の花ひまわりエコプロジェクト」のひまわり油と、アイランド・ラベンダーのエッセンシャルオイルを閉じ込めた石けんは〈Suu BOTANICAL SOAP〉という名になった。
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デザインは、増永明子さん(マスナガデザイン部)。
石けんの原材料となるひまわり油の生産現場を案内してくれたのは、洲本市役所の農政課でエコプロジェクトを推進する野口拓真さん。油の食用以外での活用方法として、石けんの商品開発を提案した人でもある。複合施設ウェルネスパーク五色の一角にある、菜種油とひまわり油の搾油所と、バイオディーゼル燃料の精製所にうかがった。10月の取材時にもまだ咲いていたひまわり。ひまわりって夏のものでは?「菜の花(菜種)との二毛作の農家さんも多いので、いま咲いているひまわりは、7月に種を蒔き、10月に咲き、10月後半から11月初旬に種を収穫するんです」と野口さん。5月に種を蒔き、7月に咲くひまわりの花もあるが、温暖で日照時間の長い淡路島だからこそできる、秋のひまわり。なかには、無農薬で栽培する農家さんもいるのだという。
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いいひまわりの種の条件は、かたくて大きいもの。花をしっかり枯れさせて、その種を採取する。種は90度で20分間焙煎してからゆっくりと搾油機で絞る。残った油かすは肥料や飼料になり、“循環”していく。もちろん、食用にしてもおいしいひまわり油。あっさりしていて、油臭さがないのが特徴だ。また、ビタミンEを多く含むことから、健康の面からもひまわり油が見直されることが多いのだという。
“循環”といえばもうひとつ。家庭で使い切ったひまわり油を含む食用油を回収し、バイオディーゼルエンジン車の燃料用として精製。市内を走るバス2台や、フォークリフトの燃料になっている。年間1万5000リットルもの廃油を回収している、エコ最前線の市なのだ。
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バイオディーゼル燃料で走るフォークリフトは車体もひまわり色。
Suu BOTANICAL SOAPの試作は2回。無添加の石けんづくりを行う、兵庫県三木市の石けん製造会社へ依頼して、火を入れず、石けんの反応熱のみを使い、ビタミンなどの成分をできるかぎり残す、コールドプロセス製法でつくられた。サンプルをつくっては関係者などに配り、色や香り、使用感についてフィードバックをもらってできたのが、カレンデュラの花びらが散りばめられた、見た目にもかわいらしい石けん。ひまわり油とカレンデュラの保湿成分で、洗いあがりはしっとりとし、ラベンダーが心地よく香る。「太陽の恵みを、花を通じて石けんに閉じ込めました」と実践支援員の藤澤晶子さん。淡路島の花を凝縮させたこの石けんは、実販売の機会をいまかいまかと待っている。
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洲本市役所の野口拓真さん。BDF(バイオディーゼル燃料)の普及など、エコプロジェクトに取り組む。
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よく枯れたひまわりとその種。今年は少し小粒なのだそう。
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カレンデュラの花びら。石けんにたっぷり混ぜる。
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淡路島産だから“アイランド・ラベンダー”と呼ばれる、香り高いラベンダー。
淡路島産の「デュラム小麦のセモリナ粉」をつくるプロジェクト。デュラムセモリナ粉と言えば、パスタ用小麦としてよく知られるが、現在その100%をオーストラリアやアメリカ、カナダなど海外輸入に頼っている。国産でつくるなんて夢のまた夢と思いきや、なんと淡路島でつくってしまったのだ。
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研究用以外ではおそらく国内初の量産となる国産デュラム小麦のセモリナ粉。うどんやラーメン、生パスタなどの製麺工場を持ち、生パスタレストラン〈tutto piatto(トゥット・ピアット)〉を運営する〈淡路麺業〉が、「国産デュラム小麦を淡路島で育てる」という目標を掲げ、デュラム小麦の開発プロジェクトを提案した。
実は、淡路島の温暖で雨が少ない気候に小麦づくりは合っているのだそう。ただ、梅雨の時季がある日本では、どうしてもデュラム小麦は赤カビ病に侵されることが多く、栽培が困難なのだという。しかも、通常の小麦よりも大きくてかたいデュラム小麦の中の部分だけを、セモリナ(=粗挽き)粉にするには、一般の機械ではできないという、製粉のハードルもあった。
デュラム小麦の栽培は国内でもわずかな例しかなく、淡路島内の農家も初めてのことだったので、栽培には苦労した。だが、兵庫県北淡農業改良普及センターの協力のもと、製麺所と、淡路市の小麦農家、デュラム小麦を挽ける機械を持つ九州の製粉所の3者が試行錯誤を重ねた結果、パスタとして使えるまでデュラム小麦の質を高めることができた。さらに、研修事業では「淡路島産の小麦をつくる」という別のプロジェクトも立ち上がり、食料自給率100%を超える御食国(みけつくに)淡路島の農産業に、新たな風が吹き始めている。
2014年は300キロだったデュラム小麦の収穫量も、2015年は5トンまで増えた。今後のために栽培データを積み重ね、栽培のマニュアルづくりにも努めている。小麦粉は1キロと25キロ入りで製麺所やイタリア料理店など、業者向けの販売となるが、淡路島産パスタを店頭で提供する日も遠くはないだろう。
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淡路島産デュラムセモリナ粉の生パスタはモチモチとした弾力ある食感、黄色がかった色、乾麺に比べ香りに甘さが感じられるのが特徴。「最初食べたときには、食感も風味もパスタっぽくなくてまるでソバみたいだった(笑)」とtutto piattoの柏木政廣シェフは話すが、製麺所、厨房一丸となって麺の開発に取り組んだ。
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淡路島のタコとワカメのトマトスパゲッティ(左)と、淡路牛のボロネーゼ(右)を試食。ボロネーゼはキタッラというスパゲッティより太めの弾力ある麺を採用。
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島の豊かな自然を日用道具に込められたら。そんな想いで始まったユニークなほうきのキットの開発の話をうかがった。かつてはその土地の素材を使って日用道具をつくるのは日常的なことだったはず。そのなつかしさと楽しさを思い起こすきっかけになりそうなプロジェクトだ。
提案者は島内でしいたけ栽培に従事する松本守史さん。「しいたけ栽培以外にももっと商品を増やしたい、もっと雇用を増やす仕組みをつくりたいと思いました」そう考えていたときに、ほうきづくり名人の松平万寿代さんに出会い、ほうきのつくり方を教わったことが商品企画に結びついたのだという。
今年86歳を迎えた松平さんのほうきづくりは、ホウキギの種を植え“育てる”ところから始まる。秋に収穫したホウキギを小さく束ねて、その束を針金で束ねていく。体験してみたが、力加減がとても難しい。小さな束がバラバラにならないように力を入れて結わえなければならないが、力を入れすぎると、束がまとまりすぎて平たくならない。だが、さすが名人。ものの15分たらずで1本の小さなほうきをつくりあげてしまう。「なんも難しいことじゃないのに」と松平さんは伏し目がちに笑うが、このプロジェクトをきっかけに多くの人が松平さんを訪ねてくるそうで、こうしてほうきをつくって見せてはプレゼントをしているのだとか。
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40歳からほうきづくりを始めた松平さん。父親がほうきをつくっていたのを思い出し、最初はススキでつくっていたが、あるとき、ホウキギの存在を教えてもらってから、自分でもホウキギを育てるようになったのだと言う。松平さんのほうきづくりにデザイナーはどう反応し、商品にしたのか。
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プロダクトデザイナーの高橋孝治さんも松平さんにつくり方を教わり、穂先をななめにそろえる技やその見た目の美しさはそのままに、力を入れずにできる束ね方、丈夫さ、扱いやすさを見直した。握る部分も、松平さんは針金でまとめ、テープを巻いて固定していたが、試作品では高橋さんの奥様が、ひとつひとつ手編みで帽子のような毛糸のグリップを編んだのだという。グリップは取り外して洗えるのもうれしい。
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商品は、ほうき本体、ホウキギの種、グリップ、ひも、栽培方法とほうきのつくり方がまとめられた説明書がセットになっている。ほうきは使っているうちに穂が抜けたりボロボロになっていく消耗品なので、ホウキギの種を植え、育て、刈り、新しいほうきをつくりましょうという仕組みだ。だから、商品名は〈育てるほうき〉。育てる楽しさ、収穫の喜び、そしてほうきへの愛着も育てば。掃除の楽しさ以上の価値がある、手づくりほうきだ。
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赤く紅葉するホウキギ。
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ホウキギの前で。左から、実践支援員の竹下加奈子さん、提案者の松本守史さん、松平万寿代さん。
これらの商品が、11月24日(火)〜29日(日)まで、東京・渋谷のヒカリエ〈HIKARIE 8/〉で行われる「つながりをうみだす商品発表会」で展示・試験販売される。実践支援員たちが、この3年間で開発した14商品の思いや開発秘話などを解説する。このような実践的な取り組みを知りたい方、商品取り扱いの相談をしたい方、商品を実際に見て触れたい方、そして購入したい方はぜひ行ってみてほしい。淡路島で商品開発を通じて生まれたつながりは、東京でもまた別のかたちのつながりを見せるだろう。
Information
淡路はたらくカタチ研究島「つながりをうみだす商品発表会」