「商店街サンド」とは、ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。必ずといっていいほどおいしいものができ、ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる一石二鳥の企画なのだ。
今回は、島根県の離島・隠岐の諸島にやってきた。
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フェリーでいくと鬼太郎たちが出迎えてくれる。水木しげるさんの祖先が隠岐の島に縁があるらしく、鳥取県境港市の〈水木しげるロード〉同様、 隠岐の諸島にもあちこちに妖怪の像が設置されている。
隠岐の諸島は4つの有人島と約180の無人島からなっている。海の浸食による奇岩や断崖絶壁が見られたり、島独自の進化をとげる動植物があったりと、古代の姿を残す美しい島々だ。その貴重さゆえ「世界ジオパーク」にも認定されている。そのなかでも今回は、一番大きい有人島・島後(どうご)の隠岐の島町でサンドを作ることにした。
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隠岐の島町にきたら玉若酢命神社の〈八百杉〉は必見。樹齢約2000年。写真では伝わらないほどの迫力だ。
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遊覧船やカヤックなどで海に出ると、奇岩がたくさん見られる。こちらは穴の形も変だが、周りにムンクの叫びのような顔がたくさん見えてこわい。
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夕日がまるで灯火のように見える〈ロウソク島〉。高さ20メートルの細長い奇岩は、今も侵食を続けている。あと数十年後には見られなくなるかもしれない貴重な光景だ。ちなみにこの撮影ポイントまでは船が出ており、船長さんの操縦テクが見もの。
また、隠岐の島といえばかつて島流しの地であったことでも知られている。流されたのは高貴な身分の人が多く、有名どころでは後鳥羽上皇、後醍醐天皇。そして、絶世の美女と名高い小野小町の祖父、小野篁(おののたかむら)だ。小野篁は高官であり百人一首にも出てくるような文人でもある。
と、なぜ小野篁について詳しく述べたかというと、今回サンド作りにつきあってくれた井上靖之さんがその小野篁と恋仲になった「門古那姫(あこなひめ)」の末裔だったからだ。初めて聞く名前ばかりでピンとこないけど、きっと凄いにちがいない。
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今回つきあってくれた隠岐の島町出身、隠岐観光協会の井上さん。小野篁とゆかりある方だ。
「子どものころは島を早く出たくて仕方なかった」という井上さん。高校を卒業後に島を出たが最近になって自分の出自を知り、思うところあって戻って来たそうだ。フェリー乗り場からすぐ近くの〈愛の橋商店街〉を案内してもらいながら一緒に食材をさがすことにした。
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商店街は神社から始まり、食事どころがいくつか。そのあと花屋さん、靴屋さん、おもちゃ屋さん、クリーニング屋さんなどがポツポツと並ぶ。シャッターをおろす店も多い。
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お酒を作る時に使うおいしい水の試飲ができるという酒屋さん。
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漁港のまちなので魚屋さんもところどころにある。しかしとれた魚は島で消費しきれないため、ほとんど本島に出荷される。
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生活用品や加工品を扱う商店を発見。しかしサンドに合いそうなものは見つけられず。
井上さんは今回の商店街サンドをやるにあたり、食材が集められるかとても不安だったようだ。
魚介類はそのままではサンドに挟めないし、大型スーパー(車でちょっと行くとある)や商店に売っている加工品は本島のものが多い。そして食事は自分の家でとる人がほとんどなので、買ってその場で食べるようなお惣菜はあまりないのだという。
絶景が多く観光にはもってこいの島ではあるが、食べ歩きができるようなザ・観光地というよりは静かなまち、のんびりとしたまちといった感じのようだ。
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瓶ビールや日本酒のパックが入っている自販機を発見。時が止まったかのようなお店がいくつか。
かつてあったという離島ブームが去り、少し寂しくなった商店街だが、井上さんの思い出の風景はまだまだまちに残っている。たとえば愛の橋だ。
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商店街の名前の由来である〈愛の橋〉。
愛の橋と言うからには、男女の恋や家族愛に関係するかとおもいきやそうではないらしい。かつて遠回りしないと川を渡れなかった子どもたちのために、近所の金物屋さんが私財をなげうちつくったそうなのだ。クリスチャンだった金物屋さんの信条「なんじ隣人を愛せよ」から、愛の橋と呼ばれるようになったという。
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偶然にも、遠くにはハート型の窓をした〈味乃蔵〉という食事処が見える。縁起のいい橋だなあ。
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橋の上からは港町らしく漁船がならぶ川が見られる。おもしろいのが、家の玄関が川側にもあること。タイの水上マーケットみたい。
歩いていると、サンドに欠かせないパン屋さんを見つけたので入ってみることに。どうやら井上さんがよく知るお店のようだ。
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〈木村屋パン店〉さん。ここでパンを調達しよう。
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入るなり「やっちゃんかい?」とお母さん。井上さんの子ども時代をよく知っているらしい。久々の再会に話はもりあがる。
木村屋さんは家族3人でパン屋を営んでいる。主にはスーパーにおろしているが、こちらの工場でも買うことができるそうだ。
食パンやロールパンといった定番はもちろん、5つの味がランダムに入ったユニークな〈おやつあんぱん〉なんていうのもあった。おやつあんぱんの紹介ニュースはこちら→『あんこはハズレ?!5つの味がランダムに入ったレアなパン。島根県「おやつあんパン」』
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無事パンをゲット! 焼きたてふっかふかだ。お母さんは写真が恥ずかしいと隠れてしまった。
お母さんは、久々に見るやっちゃん(井上さん)の近況をひとしきり聞いた後、先日東京で起きていた大きめの地震について気遣ってくれた。隠岐の島では地震はほとんどなく、せいぜい震度1〜2ほどの地震しか起きないそうなのだ。
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次に見つけたのは3代続く和菓子屋〈秀月堂〉さん。井上さんと幼稚園が一緒だったという女性が対応してくれた。この地元感いいなあ。
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お土産に大人気の〈さざえ最中〉。サンドを食べる前だがいただいてしまった。ラッキ〜。さざえ最中の紹介ニュースはこちら→『トースターで”つぼ焼き”にするとさらに美味しい!隠岐の島の藻塩入り「さざえ最中」』
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愛の橋商店街を盛り上げる中心人物のひとりだ。
4年くらい前から売り出しているというこちらの〈さざえ最中〉は中身もそうだがパッケージがとてもかわいい。なんでも、女性目線で隠岐のいいところをPRしていこうという地元の女性グループ 「ロマンティック愛ランド委員会」がデザインしたものだとか。昔からある特産品もパッケージを変えるとさらに売り上げが伸びることがある。新しい切り口でまちが動き出してるんだなと感じた。
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む、祠の中に見たこと無いようなものがまつられてるぞ。。
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かっぱだ! キュウリをそなえられた姿がとてもかわいい。祠の周りにもかっぱの小さい置物がたくさんあった。
さすが水木しげるさんゆかりの地だ。隠岐の島町にはかっぱ伝説があるのだ。むかし、畑からキュウリを盗んでいた悪かっぱが地主に懲らしめられ、「もう盗みはしないこと」「海で泳ぐ子どもたちに悪さをしない」ことを約束し改心した。以来、水難事故などが起こらないよう水の守り神としてまつられるようになった、という話である。
海に囲まれた島ならではの話である。よし、サンドにキュウリを入れることに決定だ!
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商店街の端にあるおしゃれな雑貨屋さん〈京見屋分店〉にも寄った。初代はお茶屋さん、そのあと器を取り扱うようになり、今は雑貨屋へ。島根や隠岐の焼き物や、セレクトされた素敵な雑貨が並ぶ。
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懐かしの雑貨もきれいに並ぶ。
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こちらは前述のロマンティック愛ランド委員会でパッケージデザインされたハーブソルト。
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ここでサンドにうってつけのお店があると情報が入った。ありがたい。
井上さんのおかげもあり、まちの人たちがとても協力的で嬉しい。教わった具材の候補地は商店街から少し離れていたので車で向かうことにした。
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商店街のあたりから車で7分ほどの所にある〈福井鮮魚店〉。
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魚を使ったフライが並ぶ。アゴ(トビウオ)のメンチカツを購入すると、さばの南蛮漬けをおまけしてくれた。やった!
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いや〜んと言って隠れようとするお母さん。恥ずかしがり屋の女性が多いみたいだ。
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そしてまた商店街近くにUターン。フェリー乗り場のお土産コーナーで井上さんおすすめの〈うに味噌〉をゲット!
あともうひとつくらい何か欲しいところだけどなにかないかね、と井上さんと頭をひねる。そこで、井上さんがよく食べにいくというカフェでテイクアウトできないものか聞いてみることに。
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隠岐の島町ではランチタイムを過ぎると閉まってしまう店が多いなか、営業時間が長くて助かるという〈Spuntino〉。
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島の特産のひとつバイ貝が入ったカレーなどオリジナルなメニューを出すお店。ぜひバイ貝たべてみたい! と頼み込む。
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バイ貝は癖がなく、刺身でも煮ても焼いてもおいしい巻貝だ。北陸などでもとれるが、もともと隠岐の島からもっていったものだとか。写真は近くの鮮魚店〈りょうば〉で撮影。
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フェリー乗り場前にあるふるさと直売所でキュウリを購入。包丁とまな板をお借りしてカットした。
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そしてこちらが今回集まった食材。
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サンド作り開始! この時がいつも緊張するんだよな。
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まずはかっぱが好きなキュウリ、そしてアゴカツを乗せる。それだけで沈んでしまうほどふかふかの米粉パン。
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次にカフェで手に入れてきたバイ貝が入ったダシ巻き卵。お店ではからしマヨネーズを塗ったパンでホットサンドにして出しているそう。バイ貝がある時のみに出るメニューだ。
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極めつけに、ウニがたっぷり入った味噌をトッピングする。
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できた〜! おまけにもらった南蛮漬けを入れたバージョン。ちょっと味の要素多過ぎたかな?
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もう1パターンはシンプルに。南蛮漬けなしバージョンもつくった。
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いただきます!
隠岐の島のあちこちで見られる岸壁のような姿をしたアゴカツは、揚げてはいるけれど練り物のような食感。ツミレのような、甘さの中に魚独特の苦みがある大人好みの味である。その上にのせたフワフワのダシ巻き卵は、味も舌触りも出会った島の人々のようにとても優しく、プリプリとイカのような食感が楽しめるバイ貝がよく合っている。頂きにのせた贅沢なうに味噌は、まるで船から見たロウソク島の灯火のようにおぼろげに美しく、しっかりとした塩気で存在感を主張していた。
そして最後、それらをまとめあげているのが木村屋さんのやわらかパンだ。下のパンはまばゆいばかりにキラキラと輝く細やかな白波のようであり、上のパンは隠岐の広い空にぽっかりと浮かんだ仙人雲のよう。
まるで隠岐の島全体を彷彿とさせるその姿に、キュウリと化したカッパたちが喜んでいるようじゃないか!もちろん、とてもおいしい。
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すごくうまい! と喜ぶ井上さん。南蛮漬けありバージョンも酸味がアクセントになっておいしかったようだ。
さらに井上さんから嬉しい話を聞いた。実は今回の商店街サンド企画をやると決まったとき、商店街の人たちが皆で話し合う、一つの良いきっかけになったというのだ。
井上さんは「また隠岐の島で商店街サンドやりに来てください。次来た時に、またひと味違うサンドができるように頑張ります」と頼もしいことを言ってくれた。またいつか、隠岐の島に商店街サンドを作りに来たい。どんなものができるのかと、今からすごく楽しみである。
隠岐の島町サンドレシピ
・木村屋のロールパン 4個275円 (食パン2枚 130円)
・あんき市場のキュウリ 2本120円
・味彩海道 うに味噌 100g 1280円
・福井鮮魚店のアゴカツ 2個入り300円
・Spuntino のダシ巻き卵 おすそわけ
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合計 1975円
夜、サンドの材料を探し中に出会った方が営むバー〈YULAYULA〉へ寄ってみた。
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昔のゲームが置かれていたりと居心地がいいバー。スナックや居酒屋だけかと思いきやこういう若者向けのお店もあるのだ。
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マスターのお母さんがやっている豆腐屋さんで作った揚げ物をいただいた。サクサクもっちりと食べ応えあり。これもサンドに入れたかった!
特性の豆腐コロッケをいただきながらまちの課題を井上さんとマスターに聞いた。
離島ブームが去り、ほかの人に店をゆずるのではなくシャッターをおろすことを選んだ親の世代。まちに何もないと言って、ほかの地へ飛び出す若い世代。そのどちらの気持ちも理解できるようになった井上さん達の世代(私もだ)が、歯がゆくも、なんとか踏ん張らないといけないのだなと、珍しく考えさせられてしまった。