100年以上続く醤油蔵を継ぐという決心
「ドレッシングがおいしいから使ってみて」「〈丼のたれ〉が欠かせなくて、何度も蔵元に訪ねて買っている」ふと出会う何人もの人からお勧めいただく〈鷹取醤油〉。備前に佇む小さな蔵元に土日は200〜300人、多いときは400人もの人が訪れ、売り上げも若い従業員も増えています。この人気の背景には、人を大切にし、品質に妥協をしない至誠な姿がありました。
日本六古窯のひとつ、備前の窯元が軒を連ねる伊部から車を5分ほど走らせると、100年余の歴史が年輪のように刻まれた、伝統的で美しい建物が目にとまる。この蔵が〈鷹取醤油〉。備前熊山から湧き出る良質な伏流水に着目し、明治38年に醤油の醸造元として創業しました。
奥まで続く風格のある蔵。少しずつ改修して古い建物を生かしている。
土日は200~300人。多いときは400人もの人が訪れる。
蔵にたどり着くと、20代や30代の若いスタッフが行き来しては、道行く人たちに「こんにちは!」と気持ちのいい挨拶をし、常連のように親しそうに話す人が出たり入ったりしています。なんて生き生きした蔵元なのだろう。
店頭は売店になっていて、醤油のほかにもドレッシングやたれなどさまざまな醤油加工品が並んでいます。ひとつひとつのポップが凝っていて、商品への愛情を感じます。〈にんにく醤油〉や〈オリーブとたまねぎのドレッシング〉、〈味噌だれ〉など、次々に試食すると、いずれも食材そのものの持ち味を楽しめる、ハーモニーのいい味わい。評判に納得しました。
手がけているのは鷹取醤油4代目・鷹取宏尚さん。「僕が帰ってきた頃は父と母だけでやっていて、この売店ももともとは軽トラックの車庫だった」と話します。当時はここに並ぶ醤油加工調味料はなく、地域に根ざした甘い醤油のみ。それがいまでは、5人の営業担当と15人の製造担当で、40アイテムの商品を提供。他社から依頼を受けた醤油加工品もつくっています。
鷹取さんは蔵を継ぐまではなんと銀行員。安定したいい給料を得て、妻子に恵まれ幸せに暮らしていました。転機になったのは実家の知り合いの醤油屋から受けた言葉。銀行員として会ったとき、仕事の話が終わるとふと、「お前みたいに蔵を継がん人がおるから全国の醤油屋が潰れるんや」と嘆いたそうです。その言葉は頭の片隅に残り、言葉の意味を考えるようになりました。確かに100年以上続いていたものがなくなろうとしている。鷹取さんの両親が深夜に麹のできを見に行っていたのを思い出し、胸が揺さぶられました。
「そんなときに醤油の配達を手伝ってほしいと頼まれて。かみさんとドライブデート気分で配達に行くと、当時90過ぎのおばあちゃんが出てきて、僕を見ると、僕が蔵を継いだと勘違いして『継いでくれたんか、ありがとう。この醤油じゃないとダメなんだよ』と感謝されたんです。ハッとしました。企業にいたら、営業トップだとしても、僕が抜けたら2番の人が1番になる。それだけのこと。でも、うちの醤油は代わりがいない。じゃあ蔵を継ごう! と決心したんです」
鷹取醤油4代目・鷹取宏尚さん。「伏見屋市平」というかっこいい名前も持つ。
おいしさのため妥協しない商品づくり
そして会社を辞めて蔵を継いで23年。「さまざまな商品が生まれてきたなか、根底はやっぱり親父が造っていた味。地域の人が好む甘めでまろやかな醤油が鷹取醤油のメイン。これは変わらない。瀬戸内のあっさりとした魚にもよく合うんです。いま旬のカワハギのお刺身につけて食べても“ぼっけえ”うまくなるし、刺身醤油よりも合う。肉もこの醤油で炒めただけでおいしい。地元の約1600の飲食店にも配達していて、30年や40年、そして60年ものおつき合いがあるお店もありますよ」
そして、鷹取さんが約20年前に醤油を生かした加工調味料を最初に手がけたのが、鷹取醤油の人気調味料〈にんにく醤油〉。「醤油にスライスした生のニンニクを入れて、2か月熟成させたものです。市場に出回るニンニク入りの調味料の多くは、擦ったり、ニンニクの風味を煮出したもの多い。そのほうが速いし扱いやすいから。でもどう試しても、生のままが一番おいしいんです」醤油に生のニンニクを入れて1週間おくと、発酵して詮が飛んでしまったりしたけれど、研究所に通い、むしろ発酵させることでよりおいしくなることを突き詰めた鷹取さん。この経験が〈にんにくドレッシング〉や〈焼肉のたれ〉など、ニンニクを使う調味料のおいしさにつながります。
鷹取さんが初めて手がけた醤油加工品〈にんにく醤油〉。いまでも鷹取醤油の人気商品だ。
醤油ソフトクリームも人気。
このように鷹取醤油では、効率より品質を優先。「決して妥協はしない。〈胡麻ドレッシング〉にも、一般的に使われる卵や乳化剤を一切使用してません。使ったらゴマよりマヨネーズの印象が出てくるから。その分、ゴマをたくさん使ってゴマの香りや旨みを生かし、独自の技術でクリーミーに仕上げたんです。小さな醤油屋だからこそ大手が真似できないことをしないと!」と話す目は生き生きとしています。
そんな鷹取醤油は2015年11月19日に隣の古民家を改装した新店舗をオープン!1階は、商品を料理に使い、試食できるスペースに。例えば希釈の割合を変えためんつゆの使い方や、〈にんにく醤油〉をチャーハンやカレーの隠し味として入れたものなどを口にできます。確かに商品をそのままを味わっても、その使い方まではイメージしにくいけれど、体感したら家でも使いやすくなります。2階では、ドレッシング教室を開催。これまで土日限定で団体向けに開いていましたが、年中、個人でも予約をすれば開催してもらえます。ドレッシング作りのプロから直伝いただけるのはうれしいもの。
鷹取醤油が提供しているものは、“商品”そのものというより、ワクワクする日々。地元の人々が長年愛している甘めでやわらかい味わいの醤油を大切にして毎日の食卓を支えます。味付け醤油、ドレッシングやたれも、ほかでは出し得ないおいしさに仕上げ、よりおいしい料理になるようサポート。醤油をテーマに楽しめる“場づくり”にも力を入れ、人との関係も大切にしています。働くスタッフもこの職場が好きだと目を輝かせながら話します。
鷹取醤油の醤油たち。関東で使われるキリリとしたタイプの醤油もあるけれど、やっぱり地元の人には地域に根ざした甘めのやわらかな醤油が好まれる。
鷹取さんに魅了されて入社し、ポップを手がけたスタッフ。商品を愛情深く紹介してくれた。
鷹取さんが社員によく伝えているメッセージは「醤油は売らなくていい。人の役に立つことをして」なのだとか。その想いが商品の質、また訪ねたくなる温かい関係性になっています。
information
鷹取醤油

writer profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。高橋万太郎との共著『醤油本』発売中。